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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)695号 判決

控訴人(付帯被控訴人、以下単に「控訴人」という)

第一交通株式会社

右代表者

黒土始

右訴訟代理人

山口定男

井手国夫

被控訴人(付帯控訴人、以下単に「被控訴人」という)

立平八十次

被控訴人(付帯控訴人、以下単に「被控訴人」という)

佐藤利治

被控訴人(付帯控訴人、以下単に「被控訴人」という)

姫野澄男

右三名訴訟代理人

諫山博

柴田圭一

吉田孝美

岡村正淳

西田収

安藤正美

古田邦夫

主文

一  本件控訴及び付帯控訴をいずれも棄却する。

二  当審における訴訟費用は各自の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの右請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、付帯控訴につき「本件付帯控訴をいずれも棄却する。付帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めたうえ、付帯控訴して「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人は、被控訴人らに対し、各四万五〇〇〇円を支払え。付帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。〈以下、省略〉

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いがないところ、本件腕章着用をめぐる事実関係についての当裁判所の認定は、次のとおり改め、付加するほか、原判決一三枚目表七行目冒頭から同二一枚目表一行目末尾までの記載と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一三枚目表末行の「第二〇号証、」の次に「第二八、二九号証の各二」を、同裏二行目の「各一、」の次に「第二八、二九号証の各一、」を、同七行目の「果」の次に「並びに当審における被控訴人佐藤利治、同立平八十次各本人尋問の結果」を、各挿入する。

(二)  同一七枚目表一〇行目の「なさないこと」から同末行末尾までを「なさないこと、並びに前記和解条項の不履行を理由に、被控訴人ら組合のような極小組合がこれに抗議するには他に方法はないとの判断の上に立つて、同月三日から前記腕章を着用して就労することを決め、その旨を控訴人に通告した。」と改める。

(三)  同一八枚目裏三行目の「理由に」の次に「これに抗議するため」を、同二〇枚目裏一行目の「二〇日」の次に「までに」を、各挿入し、同四行目末尾に続けて「その間、同年七月一九日及び同月二三日には、大分地方裁判所により、控訴人に対し、被控訴人らの同年五月三日から六月一四日までの賃金の仮払を命ずる仮処分決定がなされている。」を付加し、同二一枚目表一行目の「同」を「原審及び当審証人」と改める。

二以上引用にかかる原判決の認定事実に基づき、被控訴人らが控訴人に対し、昭和五四年五月三日から同年六月一四日までの賃金請求権を有するか否かにつき判断する。

(一)  先ず、前認定の事実によれば、被控訴人らがタクシーに乗務するについては、それに必要な書類、エンジンキー等を控訴人が管理しているため、被控訴人らにおいてこれらを出勤日の点呼の際控訴人の運行管理者から手渡されて始めて担当車輛に乗務できるものであるところ、被控訴人らは、昭和五四年五月三日から同年六月一四日まで、各人の就労日ごとに腕章を着用して点呼場に赴き、就労の意思をもつて現実に就労の申入れをしたにも拘らず、控訴人の運行管理者が右書類等を被控訴人らに渡さず、腕章を着用したままの就労は認めないとの態度を示したのであるから、控訴人は被控訴人らの提供した労務の受領を拒否したものであり、その結果として、被控訴人らは右期間中労務に服する債務を履行することができなかつたものというべきである。

右の点につき、控訴人は、本件腕章着用闘争は別府の第一交通株式会社の組合を支援する闘争の一環として行われたものであつて、被控訴人らにはそもそも就労の意思がなく、自ら職場を放棄したものである旨主張し、原審証人森脇繁春、同白川音芳の各証言中には右主張に副う部分がみられるけれども、この部分は、原審及び当審における被控訴人佐藤利治、同立平八十次、原審における被控訴人姫野澄男各本人尋問の結果に比照し、到底信用することができないし、他に右主張事実を認め得る証拠はない。

(二)  次に、前記労務の受領拒否が控訴人の責に帰すべき事由に基づくものと認められるか否かについてみるに、控訴人は、本件腕章を着用した就労の申入れは債務の本旨に従つた労務の提供とはいえないから、控訴人においてこれを受領すべき義務はない旨主張する。確かに、本件腕章は、その着用によつて直接現実の障害を生じないとしても労働それ自体にとつては不必要なものであり、その意味で、労務の給付方法を規律している控訴人の前記就業規則中の服装規定に抵触し、また、就労時間中の職務専念義務から導かれる組合活動禁止の原則にも抵触するといわざるを得ないから、被控訴人らが右腕章を着用したままで就労すべきことを申し入れたことをもつては、これを雇用契約上債務の本旨に従つた履行の提供であると解することはできない。しかしながら、被控訴人らが提供を申し入れた労務の方法が腕章着用という点では不完全なものであるにせよ、ともかくも雇用契約における本来の債務である就労が申し入れられたのであるから、かかる場合には、就労の申入れが債務の本旨に従つた労務の提供とはいえないということから、直ちに控訴人において労務の受領を拒否することが正当化され、受領遅滞の責を負わないと解すべきではなく、労務の受領拒否が正当であるか否かは、その背景をなす労使関係、腕章着用の目的及び態様、それが職務の遂行に及ぼす影響の程度、労使双方の受ける利害得失等の諸事情に照らし、衡平の見地からこれを決すべきものである。

そこで、右の諸事情について考察するに、前認定のとおり、控訴人は、昭和五三年三月八日の裁判上の和解が成立したあとも、正当な理由なく(なお、この点について、原審及び当審証人白川音芳は、大自交が右和解成立後これを前掲甲第一九号証の新聞折込広告で公表したことが同和解条項一五項に違反する旨証言するけれども、右広告内容を通読してみても、いまだそのようには解せられない)、右和解条項第五ないし第七項の履行を怠り、依然として被控訴人らに対する不当な差別を続け、大自交の昭和五四年四月二七日付団体交渉の申入れに対しても、事情はあるにせよ同年五月三日まで何らの連絡もしないまま放置していたのであり、加えて、被控訴人ら組合はその頃組合員数が僅か四名にまで減少し、被控訴人らについては、他の従業員と異なる賃金体系にあつたとはいえ、昭和五〇年九月三〇日以降定期昇給がなく、昭和五二年から春季賃上げもされず、昭和五一年夏期以降夏季・冬季一時金も一切支給されない状態にあり、右和解成立後も事態は一向に改善されていなかつたのであるから、かかる場合において、被控訴人ら組合のような極小組合が控訴人の前記不当な差別や不誠実な態度に対し抗議するには他に方法はないとの判断の上に立ち、その旨を控訴人に通告したうえ前記腕章を着用して就労を申し入れたことは、控訴人側の右の如き対応と比較考量すると、まことにやむを得ざるに出たものといわなければならない。他方、前記腕章の形状、大きさ、色彩、文言からして、これを着用しての就労が雇用契約上の本来の債務であるタクシー乗務の遂行に具体的な支障をきたすとは考えられず、被控訴人らの勤務体制が前認定の如く他の従業員と異なり、点呼も違つた場所で行われていたことからすると、被控訴人らが控訴人の命令に従わず腕章を着用して就労したからといつて、直ちに、それが他の従業員に対して心理的動揺を与え、職場全体に違和感を醸成して規律・秩序を乱すおそれがあるともいえない。もつとも、タクシー運転手は接客面にも重要な意味を持つ職種であることからすると、被控訴人らの腕章着用が控訴人と対立関係にあることを暗示し、労働組合運動を嫌う乗客に対し不快感を与え、ひいては控訴人に対する悪感情を抱かせるおそれがないとはいえないが、被控訴人ら組合の規模等に照らすと、そのために控訴人の営業が特段に阻害されるものとは到底認め難い。

かようにみてくると、被控訴人らが敢て本件腕章を着用して就労を申し入れた目的は、控訴人の前記不当な差別や不誠実な態度に抗議することにあつたのであるから、控訴人が被控訴人ら組合側に対し、誠意をもつて早急に右の差別等を改める姿勢を示したならば、組合をして、就労時に腕章を着用するという戦術を変えさせることができたと考えられるし、また、控訴人において右労務の提供を一応受け入れたうえで、労務管理の面で規制・是正するという方法をとる余地もあり得たと認められるところ、従前からの控訴人側の前記不当な対応に照らすと、控訴人としては、被控訴人らの右就労の申入れが不完全であることのみを責めてその受領を拒否すべきではなく、むしろ自ら右の如き配慮をして、右労務を受領し、又は受領拒否の態度を改めるべき信義則上の義務があつたものと解するのが相当である。しかるに、控訴人は、かかる配慮をすることなく、右労務の受領を拒否し、その態度を変えようとしなかつたものであり、その結果として、被控訴人らは昭和五四年五月三日から同年六月一四日まで労務に服する債務を履行することができなかつたのであるから、被控訴人らの就労申入れがなされたにも拘らず、これにつき債権者である控訴人の側に受領遅滞が存し、その責に帰すべき事由としての就労拒否により履行不能を生じた場合にあたると解せられ、結局、被控訴人らは民法五三六条二項の規定により、右就労不能期間中の賃金請求権を失わないことになる。

(三)  被控訴人らが控訴人に対し請求し得る右賃金の額についての認定、判断は、原判決二四枚目表一行目の「同2項」から同裏一行目末尾までの記載と同一であるから、これを引用する(但し、同表五行目の「一ないし三」の前に「各」を挿入し、同裏一行目の「得べかりし」を削除する)。

三請求原因3項について判断するに、被控訴人らは、本件腕章を着用しての就労申入れに対し、控訴人がその労務の受領を拒否した行為は、それ自体民法上の不法行為を構成する不当労働行為である旨主張するものと解せられるが、以上の認定、判断によれば、右就労の申入れは雇用契約上債務の本旨に従つた履行の提供とはいえないから、控訴人がその労務の受領を拒否したことが直ちに不法行為を構成する不当労働行為であるとは認められず、更にその余の前記背景的事情を考慮しても、いまだ右労務の受領拒否自体が不法行為を構成する不当労働行為であるとまでは認め難いので、これによる被控訴人らの慰藉料請求を認容することはできないし、本件賃金請求に必要な弁護士費用についても、他にその賠償を認容し得る法的根拠を見出し難い。

四そうすると、控訴人は、被控訴人立平八十次に対し二〇万七七三八円、同佐藤利治に対し二三万〇六四二円、同姫野澄男に対し二三万一六七六円の各賃金を支払うべき義務があるから、被控訴人らの本訴請求は右義務の履行を求める限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴及び付帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 谷水央 江口寛志)

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